エンゲージリング

「結婚式あげようか」

「時間もお金も場所もないじゃない」

「加賀さんたちに鎮守府を任せて、お金はーー私の貯金がある。あと、そうだな……叢雲ちゃんは白無垢よりドレスが似合うだろうね。ああ、知り合いが教会に勤めてるんだよ。その人に頼んでみよう」

「同性愛は認めないんじゃないの」

「ちょっとくらい見逃してくれるよ、きっと」

「私は人間じゃないのよ」

「関係ないよ。些細な問題だよ」

「結婚じゃないのよ。あくまで仮なのよ」

「関係ないよ。私と君が結婚だと思ってたら結婚だよ」

「駆逐艦じゃなくて、戦艦とした方がいいわよ。資材の消費がマシになるのよ」

「関係ないよ。私は叢雲ちゃんと結婚したいから」

「私、もうすぐ沈むのよ。本当に、時間もお金も場所もないのよ」

「関係ないよ。金剛に取ってきてもらったんだ、指輪。これ、着けて」

「無駄になるわよ。とっておきなさいよ」

「関係ないよ。海の底でも指輪を着けていてほしいんだよ」

「筋金入りの馬鹿」

「ごめんね。馬鹿で、本当に、ごめん。私、馬鹿だよね。何やってるんだろう、何で叢雲ちゃんがボロボロなの、見落としてたのかなあ」

「本当に、馬鹿。そこも好きだけど。でもまあいいわ。あんたも死に物狂いだったしね」

「うん、ありがとう、ごめんね。結婚、しよう」

「いいわよ。付き合ってあげる、最後だしね」

「でも、やっぱりいやだなあ」

「何が」

「叢雲ちゃんと離れ離れになるの。指輪だけじゃやだな。最後まで叢雲ちゃんといたいな」

「……あんた、何考えてるの」

「叢雲ちゃんがいない場所に、いたくないなあ。叢雲ちゃんがいる場所にいたいよ」

「ダメ、戻りなさい」

「そう言うと思った。叢雲ちゃんは優しいから。でも、もう遅いよ。加賀さんたちに、さっき通信で頼んだ。私を救助に来る艦は、いない」

「あなたは提督なのよ。戻って艦隊を指揮して、深海棲艦を」

「関係ないよ。大事な人を失いそうになっている今、私はただの人だよ」

「…………」

「戻る手段ももう無いんだよ。残っているのは空母は加賀さんだけだし、戦艦だって数は少ない。霧島さんと長門さんは今でも戦ってるけど、他の子はもういないんだ。婚約指輪を取ってきてくれた金剛も、大破、しててね。重巡も航巡も明石ちゃんも、戦艦と空母を庇って沈んだし、ドックは砲撃で破壊されてる。駆逐艦と軽巡はほぼ全滅だ」

「……本当に大馬鹿。もういいわ」

「ごめんね、叢雲ちゃん。……この時期の海水ってなかなか冷たいんだなあ」

「あんたが子供体温だからまだあったかいけどね。ていうか、いつまで抱きしめてるわけ」

「ずっとだよ。終わりまでずっと」

「まったく、ロマンチストが過ぎるわね」

「はは、そうだね。ごめん」