愛する兵器

「アンタさ、提督と自分のこと、仲間だとか、同志だとか、友達だとか思ってんじゃないの」
 刺々しい言葉を発する曙だったが、裏腹に表情はどこまでも暗く、悲しげだった。
 言い返さない叢雲をちらりと見て、曙は続ける。
「あたしたちは兵器。戦うための武器。あの化け物どもと戦うための道具。提督たちがあたしたちに抱いてるのは、道具への愛着でしかない。敵をたくさん倒すから気に入ってるだけじゃん。解体されて普通の女の子に戻ったら、何の価値も無い。今は可愛がってくれてても、武器じゃなくなったものになんか見向きもしなくなるよ」
 次々と流れ出す悲哀の塊は、曙自身が自分に言い聞かせているようだった。また、それと同時に、自分で自分を傷つけているようでもあった。
 意味の無い自傷行為だと、叢雲は思う。
 彼女の過去に何があったかは知っている。
 しかし、だから何だというのか。あの女は、曙をかつて追い詰めた人間たちではない。
 優しく見えて打算的で、でも打算に徹しきれず、冷徹になれない、軍人に向いていない女。あの提督の言葉に打算はあれど、嘘は無い。
 私たちを好きだと言ってくれているその中に、艦隊の士気を向上するという意図はあるかもしれない。けれど、決して嘘ではない。
 提督は、解体された私たちには見向きもしない。だからどうした。それが嫌なら、解体されないように、沈まないように、鎮守府からいなくならないように、努力するだけ。
 私たちの提督は、あくまでも提督だ。他の提督と変わりない。国の平穏のために戦う軍人。でも好きになってしまったから、命を賭けられると思ったから。それだけで、信じる理由は充分だ。
「……曙さん。私にそれを言って、何になるの?」
 曙がぐっと言葉に詰まる。きっと曙は、自分の中の不安や苦しみを吐き出せるなら、誰でも良かったのだ。その相手がたまたま、提督から一番の寵愛を受けている叢雲だったのであって、聞いてもらえるなら誰でも良かったのだ。
「あなたは提督を信じてはいけないと思っている。でも本当は信じたいんでしょう。自分たちを兵器として見ていないって思いたいんでしょう。ならそうすればいい。あいつは、信じるだけの材料を私たちに与えてくれているじゃないの」
「……それができるならとっくにそうしてる」
 今にも泣き出しそうな顔で叢雲を睨みつけると、曙は踵を返した。食堂を出て行こうとする曙の背中に、叢雲は言葉を投げかける。
「あいつが嘘をつくのが下手だってことも、あくまで兵器として扱おうとする上の人間に穏やかに抵抗していることも、私たちのことを本当に、娘のように、友達のように、恋人のように愛してくれていることも、全部知っているのに、あいつのことを信じきれないならーーそれはあなたの弱さでしかない」
 曙の肩が、ビクリと震えた。勢いよく振り返り、目に涙をいっぱい溜め、何かを叫ぼうと大きく口を開ける。
 しかし、叢雲の表情を見た瞬間、曙の言葉は喉元あたりで止まった。
 安らかに和んだ瞳、唇に浮かぶ穏やかな微笑み、ほんのりと桜色に染まった頬。きっと提督ですら見たことがない優しい表情を、叢雲はしていた。
 その優しさと好意は、間違いなく提督に向けられたものだった。
 提督の善良なところを語る時、あの強気な一匹狼・叢雲は、こんなにも純粋な愛に満ちた表情をするーーそれを知ってしまった曙は、今しがた放とうとしていた、言い訳じみた言葉を飲み込むことしかできなかった。
 こんなに提督を信頼し切っている叢雲にーー信頼し、愛するだけの理由を持っている叢雲に何を言っても、負け犬の遠吠えにしかならないということを理解してしまったからだ。
 裏切りや傷つくことを恐れるあまり、信じることを遠ざけ続けた曙は、今この瞬間、自分の非を認めざるを得なかった。こんなにも素朴な気持ちで提督を信頼している人の前で、これ以上何かを言うことはできない。
「……あたしだってわかってるのよ。でも、あたしは……」
 まだ言い訳をしそうになる口を無理矢理閉ざして、曙は今度こそ食堂を出た。
 たくさんの思いが交錯して、曙の頭の中はいっぱいだった。だが、芽生えた新たな覚悟だけは、鮮明に心に鳴り響く。
 ――あたしは、そう簡単に信じるわけにはいかないほど、あまりにもたくさんのことを知り過ぎたの。アンタみたいに提督を愛しているヤツには、言い訳に聞こえるかもしれないけど。
 ――でもいつかあたしだって、あいつを……。
 ――信じるようになってみせる。