あなたのため

「どうでもいいだろ、そんなこと」
 ジミーは笑って、俺の手から携帯電話をもぎ取る。哀れな相棒はしばしの間宙を舞い、ガシャンと地に堕ちた。画面に入った一筋の亀裂が微かな光に照らされ、恨めしげに自己主張する。あーあ、たくさんの情報が詰まっていたのに。まあ中のデータは無事そうだし、いいか。オレを恨まないでくれよ、悪いのはこいつだからな。
 顎を掴まれ、乱暴に顔の向きを変えられる。ぼんやりと携帯電話を眺めていたオレの視線を自分に戻させ、ジミーは満足そうな、無邪気な笑みを浮かべた。おもちゃを独り占めにする子供の顔だ。幼さからくる利己的な表情さえ、俺の胸を高鳴らせる。
「俺以上に大切なもんなんてねえだろ、お前にとって」
 知ってるんだからな、俺は。
 傲慢に聞こえるその言葉も、大きな確信が込められればただの確認にしかならない。事実、俺にはこいつ以上に大切なものはなかった。すべてを放棄してでもこいつのそばにいることを俺は望んでいて、俺はいつでもそれを伝えることに余念が無かった。俺の思いは伝わっていたというわけだ。よかったよかった。
 先ほどの携帯電話への扱いとは打って変わって、今度は俺を優しく優しく押し倒し、安物の白いシーツの上に仰向けに倒れる。ベッドの上に流れ落ちた俺の金髪を愛おしそうに撫でながら、ジミーは声を低くして囁く。
「ずっと会いたかったんだ。今日は俺以外のこと考えるんじゃねえ」
 ジミーがアメリカに渡ってから二年後、俺はようやく日本を出てジミーに会いに来ることができた。手紙ごしのやりとりは俺の思いを酷く掻き立てたが、ちゃんとこいつも同じ思いをしてくれていたらしい。嬉しくて微笑むと、ジミーも笑う。さっきの笑いよりも、ずっと穏やかに。
 最近また大きくなった体を存分に使って、俺を包み込むように抱きしめる。反対に全然成長してくれない俺の体は、ジミーの体に呑み込まれるようにすっぽりと収まった。少し悔しいけど、それ以上に幸せだった。全身でジミーを感じる。ジミーの背中に手を回し、ぎゅっと抱き着くと、ククッと喉を震わせて笑われた。
「何がおかしいんだよ」
「おかしくねえよ。可愛いなって思っただけだって」
 なおもくつくつと笑いながら、何気なく、そして当然のことだとでも言うように堂々と、ジミーは俺の服の中に手を滑り込ませた。直にジミーの体温を感じただけで、興奮で全身がぶるりと震えた。背中に回していた手を緩めると、腕は「ぽふん」という音を立ててベッドの上に落ちた。
 好きにして、とでも言うように体中から力を抜いてみせる。お前がすることに抵抗なんてしねえよ。
 俺の頬を撫でながら、「久しぶりだから優しくする」と囁くジミーを見上げて、誘うように唇の端を上げる。そんなこと気にしなくていいのに。男の体は女と違って、男を受け入れるようにできてない。少し放っておけばすぐに閉じてしまう。だから俺は、お前に会えない二年間、ずっと開き続けてきたんだ。
 床に転がっていた携帯電話の画面が、何かを受信したようでぴかりと光る。電源は生きていたようだ。辛うじて見えた画面に表示された文字は「ハマ―」。どうやらメールのようだった。内容はたぶん、「今日空いてるか」とかそういうのだろう。ああそうだ、ジミーに会いに行くって伝え損ねてたんだ。忘れてた。
 そうだよ、ジミー。ハマーに協力して、ずっとこの体に男を忘れさせないようにしてきたんだぜ。だから大丈夫。感度も鈍ってねえし、お前を受け入れられるようにしてあるから。だから、
「早く……ジミー」
 欲望で掠れた声に反応して、ジミーは焦りが滲んだ性急さで俺の服を取り払った。俺の体に貪りつくジミーの頭を、ありったけの愛を込めて撫でる。
 俺のすべては、俺の体は、俺の心は、俺の能力は、俺の友達は――俺の持っているものは全部、お前のためにあるんだから、全部使っていいんだぞ。